人生を「分野」ではなく「状態」で捉える理由

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人生を語るとき、私たちはよく「分野」で区切ります。

仕事、恋愛、家族、お金、健康。整理しやすく、説明もしやすい枠組みです。

けれど実際の人生は、そんなにきれいに分かれていません。
仕事の迷いが生活全体ににじみ出たり、
人間関係の疲れが、判断力そのものを鈍らせたりします。

分野で整理すると、こぼれ落ちるもの

分野思考は、問題を特定するには便利です。
しかしその反面、「どの分野の問題なのか分からない状態」を扱うのが苦手です。

・特別な出来事はないのに、整っていない
・理由は説明できないが、立ち止まっている
・何かを引き受けすぎている気がする

こうした感覚は、仕事の問題でも、心の問題でもなく、
その人が置かれている「状態」として現れます。

状態は、評価や進捗を前提にしない

状態という言葉には、
「良い・悪い」「進んでいる・遅れている」といった
評価軸が含まれていません。

ただ、そう在る、という記述に近いものです。

Lunamnisが人生を状態で捉えるのは、
人を前に進めるためではなく、
今いる場所を壊さずに言葉にするためです。

答えを出さない設計を選んでいるのも、
この状態を急いで別のものに変えないためです。
なぜ答えを出さないのか
という前提とも、ここでつながっています。

移行期や停滞期を「失敗」にしない

分野で人生を捉えると、
成果が出ていない時間は空白に見えます。

しかし状態で見れば、
移行している、再構築している、
引き受けすぎている、といった輪郭が立ち上がります。

それらは、解消すべき異常ではなく、
一定期間そこに在ることが前提の状態です。

行動を促さない設計や、
正しい選択を扱わないという判断も、
この「状態をそのまま置く」思想から派生しています。

行動を促さない設計が必要な理由
「正しい選択」を扱わないという判断

状態は、混ざり合って存在する

人はひとつの状態だけに属しているわけではありません。

整っていないまま立ち止まり、
何かを引き受けすぎながら、
同時に再構築していることもあります。

分野思考では矛盾に見えるこの重なりも、
状態として捉えれば、特別なことではありません。

区切らないための視点として

人生を状態で捉えることは、
分析のための技法というより、
急いで区切らないための視点です。

ここでは、
「どの分野の問題か」を特定しなくても、
「今、どんな状態にあるか」を壊さずに置いておきます。

答えを出さないまま、
分けきれない時間を、そのまま残すために。

決めないままの時間が続いても、壊れないように。

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