多くの場所では、選択に「正しさ」が与えられます。
どちらが正解か、どれが最適か、何を選ぶべきか。
その問いに答えが用意されていることは、安心にもなります。
けれど同時に、選ばれなかった側を「間違い」に変えてしまいます。
正解が置かれた瞬間に起きること
正しい選択が示されると、判断は速くなります。
しかしその速さは、
迷う時間や揺れる余地を削り取ることで成り立っています。
・正解から外れていないか
・最適解を逃していないか
・もっと良い選択があったのではないか
こうした確認が、判断のあとにも残り続けます。
正しさは、時間に耐えないことがある
正しいとされる選択は、
多くの場合、その時点の条件に依存しています。
環境、体力、関係性、価値観。
それらが変われば、正しさの形も変わります。
それにもかかわらず、
一度「正解」として選んだものは、
長く背負われがちです。
その重さが、あとから判断を縛ることもあります。
状態を壊さないために、正解を置かない
Lunamnisが正しい選択を扱わないのは、
判断を放棄したいからではありません。
むしろ、判断が成立していない状態を、
無理に完成させないための選択です。
人生を「分野」ではなく「状態」で捉える視点も、
正解を置かない設計とつながっています。
人生を「状態」で捉える理由
では、その前提を言語化しています。
比較を生まないための距離
正しい選択が示されると、
そこには必ず比較が生まれます。
自分はできているか。
他の人はどうか。
もっと上の選択があるのではないか。
Lunamnisでは、この比較の連鎖を最初から置きません。
答えを出さない設計や、
行動を促さない設計も、
この距離の取り方から派生しています。
正しさの代わりに、残しているもの
ここにあるのは、
正解でも不正解でもない、
判断が未完のまま存在できる空間です。
選ばなかった選択肢を、
切り捨てずに残しておく余地。
今の判断が、
将来の自分を縛らないための余白。
決めきらないことを、失敗にしない
正しい選択を扱わないという判断は、
決めきれない時間を肯定するためのものではありません。
ただ、決めきれない状態を
「誤り」として処理しないための設計です。
ここでは、
どれが正しいかを確定しないまま、
判断の途中をそのまま置いておきます。
決めないままの時間が続いても、壊れないように。